(1)たまにはアガッテだいんや。
(2)おぢゃっこ飲みさ、アガッテいがいん。
(3)まんず、アガライン。
(4)いいがら、アガレでば〜。
気仙沼で最も一般的な挨拶である。オヤマリエコさんの解説にもあるように、ご免くださいは「いだのすか〜」、座敷へどうぞは「アガライン」だ。もっとも、親しくなればの話だ…飛びこみ営業が「いだのすか〜」とのたまったら塩を撒かれるに違いない。
「あがらいん」が基本形で、時間や相手、感情によって「だいん」「(い)がいん」「でば〜」が語尾につく。
(1)は「たまには遊びにお出ましくださいね」である。「だいん」の標準語は「おいで」、したがって「アガッテだいん」はダブルで促す丁寧語で、相手が離れた場所にいて、未来の訪問を促す意味で使う。
(2)は相手が目の前に、しかも家の前または近所にいて道草を促す時だ。「お茶のみにいらっしゃい」「休憩にいらっしゃい」「遊びにいらっしゃい」「世間話をしにいらっしゃい」である。未来でも1時間以内に実現する可能性が極めて高い場合に使う。
(3)の場合、相手は既に玄関前にいる、あるいは敷居をまたぐ寸前である。ここに来てやっと「おあがりください」の意味になる。
(4)は玄関口で躊躇する者に言う命令形だ。「つべこべ言わず、寄っていけ」といったところだろう。また(3)と(4)は食事を勧める時にも使う。これは召し上がれの「召し」が省略された。
そういえば昔、大島航路の最終便までの時間つぶしに、サキチの友人の宮古屋のおじさんが我が家へよく立ち寄っていた。
宮古屋のおじさんは必ず「隊長、いだのすか〜」と言って入ってきた。隊長とはサキチを指すのだが、年上であり、旧陸軍の先輩だったことから尊敬と愛嬌を込めての呼称らしい。それはともかく、帰り際にはサキチ以外の手が空いている家族はみな玄関口まで見送る習慣があった。子供も必須だ。ケンジとダイジは「あんだ達もミヤゴヤのおんちゃんば送らいん」といつもエイコに促されていた。
夏休みでいとこのアキが来ていた時だった。孫達に囲まれて上機嫌だったエイコは突然「おんちゃんさ歌うだってやらいん」と言った。三人は別れの歌の定番「蛍の光」を歌い始めた。
「♪ほた〜るの ひか〜り ま〜ど〜の ゆ〜き〜」
「あんだ達なに歌ってんの、ヒト〜バガにして!やめらいん!!」とエイコが制止した。
そう、彼は町でも有名なツルッパゲだったのだ。
このように「〜らいん」は命令形であるが、命令口調に聞こえないしとやかさがある。相手にもの申す時は控えめに、気仙沼弁にはそんな精神性が内包されている気がしてならない。