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2008-02-18

ひとつ、また

080218_004

 建物の存廃が噂になっていた割烹が工事中になっていました。

 長い間割烹として親しまれてきましたが、寄る年波には勝てなかったのでしょう。春間近とはいえ、吹く風はまだまだ冷たいので余計に淋しく感じ、写真に収めたくない気持ちが湧いて来ました。でも、現実は現実だから、、、と。

 「篤志家がいればなぁ」などと考えながら、、、もうこうなったらどうしようもないけどもね。

 建物博物館の写真でしかお目にかかれないんですね。

seiko

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コメント

なつかしい建物の話し、あそこの広間で、睦ちゃんと恵ちゃんの兄弟と遊んだのは、大堀町の角に、まだ柳の木があった時代でした。と、云うことは55年も前になります。
ご案内したお客には外国の大使もなかには大臣もおいででした。お魚を食べていただいて、ほっとしたりして、裏方、安心のこともありました。これが90年の頃です。
もったいない、じつに残念の二言ですが・・・。

>nyanさま
ほんとうにもったいないなぁと思う日々です。
建物はもちろん親方の料理に惚れ込んでいた方々も随分居ましたからねぇ。
返す返す残念ですね。

そして、この場を借りて、いつもいつもお世話様でございます。
何から何までご指導いただき有難うございます。

気仙沼の華やかな往時を伝える建物が消え、寂しさで一杯です。12日の解体当日、中を見た私はかなりショックを受け、ガッカリして眠れなかったです。

>mayamiさま
ほんとうに残念ですね。
少しずつ空洞が増えていくので、寂しいと言うより悲しくなってきました。
あの器の数々は何処に行くのかなぁと言っていた人がいました。
また日の目を見ることはあるのでしょうか?ね。

栄枯盛衰は世の常とはいえ、同じものは二度とできないと思うと残念でなりません。じゃあお前が何とかしろと言われても、手も足もでない自分がもどかしいです。こういういい建物が後世に残せるよう一生懸命稼いで、余力を持ちたいです。その前にお前自身の身を何とかしろと言われそうですが(笑)
ま、とにかく頑張ります。

>あの器の数々は何処に行くのかなぁと
残念ながら、殆ど何処かに行ったようです。廃棄処分される寸前の「名入の提灯」などは、一応保管する事にしました。ただ、日の目を見るか?と言えば、ボロボロなのでどうでしょう・・・。
民俗系の資料館が無い当地ですから、地域の歴史を伝える資料は消えていくのみなのでしょうね・・・。

>kenjiさん

ほんとうに難しいですね。

>mayamiさま
器は誰々さんが、庭のビワの木は○○さんが、、、とか、話題になっていますね。

内湾のとある家が引越しなので、神棚はリアスアークで貰い受けたと言う話もあります。
年代物を保存し、日の目を見るようにするのは大変ですよね。

神棚、そうらしいですね。明日、写真撮りに行きたいと思っています。
そのときは、またまた図々しくもお寄りするかもしれませんがm(__)m
とにかく、何でも保存が大変です。
特に建具は管理を怠ると見るも無残になりますし、保管場所も大変ですし。
ゴミにするには切ないし・・・。
大きな倉庫と人力があれば・・・と、つくづく思いました。

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