ありがとう♪
「おばちゃん、一緒に行かない?」の誘いに、、、
解体前に一般公開された鼎が浦高校へ行ってきました。
気仙沼高校に統合されて5年半も経っているんですねぇ。来春までに解体されて、その後は警察署ができるんだそうです。
校内には変遷がパネルで展示されていました。上の白黒写真は八日町から移転したばかりのもの、真ん中はプールが出来た頃のものでしょうか、豊かな自然が一杯ですね。一番下は閉校間際のでしょうか。
まだまだ使えそうな気がした第二体育館。
いやに丁寧に見て回っていたyoko。「校舎もゆっくり見るの?」と聞いたら、答えが最高にふるってた。
「ううん、校舎は寝床だったから、、、」
3人でガハハハ、、、、。(大笑)
いい香りを放ってた金木犀は、気仙沼高校に移植されるんだとか。
多くの夢と希望を育ててくれた懐かしの校舎。
ほんとうにあ・り・が・と!
seiko
この場所は、「畝尻山」(なまると「うねずりやま」)と呼ばれ、鼎が浦高校が建築される前、「がぎども」(子ども)の遊び場だった。
自衛隊が来て、山の整地を行った。小学校から下校するなり、ランドセルを投げ出し、整地作業を見に足繁く通った。これが認められ自衛隊のかたから「運転してみて」とブルドーザーのそれを教えられた。
家内は鼎卒。娘もH2年、鼎へ。それから、日本でも有数のフェンシング班の応援のため気高と統合なるまで、鼎通いをした。
気高出身であるが、鼎に通ったほうが長いので、鼎卒と錯覚してしまう。
自宅が鼎に近かったため、鼎の先生方が我が家に下宿した。親父は、この先生方と酒を飲みながら、何だかんだと激論したのを覚えている。この一人の先生から「何でもいいから本を読んだ方が良い。エロ本でも良い。そこから自分の意見がでるものだ」と読書の大切さを教えられた。ありがたいものだ。
思いでいっぱいの「鼎が浦高校」跡に、安心安全を守ってくれる気仙沼警察署が建築されると聞く。これまた、大歓迎だ。でも今度は「ブルの運転」は出来ないことだろう。
投稿情報: 秋彦 | 2010-10-04 08:33
>秋彦さま
どうもありがとうございます~。
皆それぞれの思い入れがあるんですねぇ。
色んな泣き笑いの場面を想像して、ニンマリ、、、しました。
今度、ゆっくり聞かせてください。(笑)
投稿情報: seiko | 2010-10-04 17:45
ご無沙汰しています。
鼎が浦高校はここ大船渡にも美人が
多いと聞こえていました。
地域から親しまれたものがなくなることはさみしいことですね。
さて、明日大船渡に飛鳥Ⅱが入港します。
今年は一泊するそうで夜には花火もあがるようです。
お時間があればおいで下さい。
投稿情報: myoujin | 2010-10-05 06:50
>myoujinさま
どうもどうも。
美人!?ですか~~~。(笑)
なんと、飛鳥Ⅱですか。心躍りますね。
行ってみてみたいなぁ。
早速、検索!検索!
投稿情報: seiko | 2010-10-05 07:04
鼎ヶ浦といえば、やはり憧れではありましたね。個々の生徒がというよりは、鼎ヶ浦高校という全体というか、抽象的な鼎ヶ浦というか、というと、個々の生徒、卒業生のみなさんに失礼か。
投稿情報: base | 2010-10-05 22:13
>baseさま
どうもありがとうございます。
イメージってこわい!(笑)ですねぇ。
皆さん、それぞれの泣き笑いを懐かしく感じているんでしょうか。
投稿情報: seiko | 2010-10-06 07:06
懐かしい母校の写真!
解体されるのですか?
全く知りませんでした。
私の思い出は、やはり・・・
部活で終わった青春の日々でしょうか。
伝統を守るために厳しいトレーニングを重ねたあの頃。
素晴らしい仲間は一生の宝ですね。
出張先のフロリダで会議の休憩時間におしゃべりした
お相手の奥様が偶然、フェンシング班のコーチで
同じ頃、気仙沼へ遠征中だったとか・・・
アメリカ生活の中で・・・
仕事先で・・・
気仙沼の話題で盛り上がり・・・
フェンシングで汗を流した思い出が蘇りました。
seikoさん、懐かしい思い出の写真をありがとうございました。
投稿情報: Ritsuko | 2010-10-06 21:44
>Ritsukoさま
どうもありがとうございます。
そうでしたか、フェンシング班でしたか?
伝統があるので、練習が半端じゃない!ですものね。
心技体!を羨望の眼差しで見ていたものです。
短時間の拙い取材でしたが、、、お役に立ててよかったです。
投稿情報: seiko | 2010-10-07 07:12