« にわか歌人 | メイン | ジャイブ・ユニティ・ライブ »

2005-07-17

ゑびす家のうなぎは人情味

ebisuya  柴又帝釈天の門前にあるゑびす家の若旦那DEGとは大学の同級生である。入学したての頃は中学高校と違って仲間がいない。アトランダムに編成されたクラスでは、素性は分からないがとりあえず近くの席どうしで学食へ誘いあい、新しい人間関係を模索しながらグループになっていった。早食いで、まずくても付け合わせを残さないのが僕とDEGで、「コイツ、食いものに関係する商売屋の息子に違いない」と互いに思っていたことが卒業後判明した。そのDEGとはゼミも一緒で、学生生活の3分の1近くはつるんでいたように思う。仕送りを使い果たすと入り浸り、さんざんお世話になった。2年後に米寿を迎えるおばあちゃんを筆頭に、何十年選手の板前さんや仲居さんと家族で切り盛りしており、家族構成も店米山武に似ているので東京にいても何となく実家に帰ってきたような気分になる。

 DEGの親父さんは見るからに豪腕そうで、西郷隆盛みたいな風貌だ。それもそのはず、学生時代アメフトで名を馳せ、当時、母校グリフィンズの監督を務めていた。先に手が出るとか、もみあげを持ち上げられ池に放りこまれたとか、仲間内ではゴリラオヤジだと恐れてなるべく会わないようにしていたが、タイミング悪く居合わせてしまったことがあった。何を話せばいいのか小さくなっている僕に、気仙沼出身だとDEGが助け舟を出した。お世辞を言いそうな風貌でもないし、どうせ田舎者扱いされるのだろうと期待していなかった。

 ところがゴリラオヤジは「ああ、気仙沼か。こないだ行ってきたぜ、車で。先輩がいるから。U井さん、M井さん、S藤さん、K谷さん…」と立て板に水のように名前がでてくる。「JCで一緒でな、世話になったんだ。そうか。メシでも食ってけ。」それまでの緊張が少しとけたが、さすがに「しょっちゅう食べてます」とは言えなかった。

 今日久しぶりにお邪魔したら、おばあちゃんがいつものようにご飯を盛り、うなぎにたれをかけていた。10年前も同じ工程を担当していた。何百年と注ぎ足して続く秘伝のたれと味、そこにはごはんの盛り具合、温度、タイミングを知り尽くした名人おばあちゃんがいるからこそだろう。こっぱずかしい学生時代を思い出しながら、うなぎと人情、ふたつの味を満喫した。

KENJI

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
https://www.typepad.com/services/trackback/6a0128759cdc29970c0120a69abda9970b

Listed below are links to weblogs that reference ゑびす家のうなぎは人情味:

コメント

友達って良いものですね。
私も最近中学・高校・大学の同期会・同窓会の回数が増えて遊びまくっています。

≫早食いで、まずくても付け合わせを残さない
のは
≫食いものに関係する商売屋
ではない私ですが、同じです。まずくても残しませんよ。

きっと家庭環境だと思います。

>影山のり子さま
家庭環境…そうかもしれません。残すなら最初から箸をつけるなと言われたのを思い出しました。
それと、店米山武ではよそ見した瞬間に目の前のおかずが消えたりと、大家族ならではの生存競争が繰り広げられていたのも原因かもしれません。

ゑびす屋の鰻はもちろんだけど、草団子も美味しかったねぇ。(笑)

ネット上から「kenji、あったげ(たいへんいっぱい)お世話になりました。出世払いと言って、、、たぶんご無沙汰でしょう。今度行ったら是非こき使ってください。」

この記事へのコメントは終了しました。

河原田ライブカメラ

BBっといー東北