« 深山のミズ讃歌 | メイン | 残暑お見舞い申し上げます »

2007-08-08

帰省顛末記

Minatomatsuri

 去年、みなとまつりパレードで龍を見た。上沢打ち囃子の後ろになにかヒュルーっとくっついてきたように見えて、って妄想なんだけど、その瞬間「龍がいる!」と感じた。あぁ、まちが喜んでいるんだなぁと思って、その時、祭りは土地の恵みへの感謝をあらわす儀式であって、そういった精神性がある祭りは豊かだと心から思った。実は今年もそんな気分に浸れるのを期待して店先で餅を焼いていた。

 そしたら今年は気仙沼商会さんが長崎おくんちのような龍を出していて、ものすごく感動した。五十鈴神社や龍の説明チラシも一緒に配られて、読みながらやっぱり龍はいるんだと興奮した。あまりにも嬉しくて、みんな店先へ出るよう呼んだら次に宝船がやってきた。えびす様に扮した気仙沼商会の会長が、アチャー、振る舞い餅を惜しみなく撒いているではないか。去年は市役所、今年は気仙沼商会。しかも龍が率いる宝船が配っている。くっそぅ。そのうえ気温は33度。こんなに暑くては餅なんか売れるはずがない。去年の教訓を活かしてホットプレートを増やしたのに効果なし。去年以上にあきらめムードが漂って、僕は不貞寝した。

 30分くらい寝ただろうか。今年も売れると思って封をぜんぶ開けてしまったので、焼かないわけにはいかない。かといって焼いても売れないし、そんなジレンマに陥りながらチビリチビリ焼いていたら、暑さがひいた夕方には需要が高まってきた。2台のプレートをフル稼働させていよいよ勢いづいたと思ったら、今度はブレーカーが落ちた。店の奥から悲鳴と怒号があがる。それを何度か繰り返しながら、おかげさまで完売した。昨年とおなじく、潜在需要を喚起してくれたのはパレードで、龍が助けてくれたのではないかと勝手に妄想している。

 買いに来てくださったみなさん、ありがとうございました。それに土地の神様であろう龍神様と、形にしてくださった気仙沼商会さんのみなさん、ありがとうございました。

KENJI

・金曜日、下りの新幹線で東北大相撲部の監督が僕の斜め前に座っていました。彼女は到着チャイムが鳴るなり、一目散にドアへ駆け寄っていました。東北巡業へ向かう立田川親方に挨拶し、デッキにいた赤ちゃんの足をなでて「カワイイ!」を連発し、ウキウキ感が伝わってきました。本当に仙台好きなんですね。彼女はホームの階段を軽やかに降りていました。読売新聞の連載愛読してます!って言いたかったけど、言えなかった…。

・帰省翌日の仕事は玉ねぎの仕込みでした。18キロの玉ねぎを6つの鍋に分けて炒めること7時間。ひと鍋2時間ずつ、ふたつの鍋を同時に使って、体中に炒め玉ねぎのにおいがこびりつきました。

・帰りの一ノ関駅。いつも気になっていたのですが、観光案内板は岩手県ばかりで、気仙沼は真っ白なんですね。まるで北緯38度以北は真っ白な韓国の地図みたいで、いつも残念に思っています。気仙沼の玄関口はくりこま高原駅より一ノ関駅だろうから、そのへん頑張ってほしいなと思いました。それと北東北ディスティネイションキャンペーンをやっているようですが、気仙沼も北東北のような気もしますが南東北なんでしょうね。平泉を中心とした「中東北」キャンペーンがあったらいいのにと思いました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
https://www.typepad.com/services/trackback/6a0128759cdc29970c0128759ce2ef970c

Listed below are links to weblogs that reference 帰省顛末記:

コメント

観光の話はゴテン議員にがんばってもらうか(笑)

餅撒で家の子供達が2個も拾った身で文句を言うのも気が引けるが、もっと景気よく威勢良く撒けと言いたい。あんな撒き方では上る龍も途中で凋んでしまう。
来年は武山米屋でもち米を大量に仕入れて、気仙沼の粋を示すように景気よく撒いてほしい。

>着物作家さん
そうですね、・・・・・先生に頑張ってもらいますか。点が5つで御殿、ハンドルネームにどうでしょうか。

>曽根三明さん
わざわざご家族でいらしてくださってありがとうございました。どれだけ撒いたか分かりませんが、まあ、千の単位だと思います。1時間半で何千個まくのと、同じ数を10分でまくのでは勢いが違うでしょうから。僕はむしろ、餅の多少でなく、全社をあげて参加した心意気と精神の高さに龍が昇ると思いました。ウチでやるとなったら…1分で終了!(笑)

この記事へのコメントは終了しました。

河原田ライブカメラ

BBっといー東北