池上永一『テンペスト』で国家を考える
丸ノ内線に乗っていたら池上永一『テンペスト』の中吊り発見。筒井康隆、井上ひさし、森村誠一、なんかすごい人たちの読後感想が書かれている。スシ王子の堤幸彦監督のもあった。うひゃあ!広告だからそりゃ絶賛ばかりだけど、こんなに集まるものでもないだろう。正確に数えていないけれど30人はあったと思う。野性時代の連載ですごい小説だなと思っていたら案の定、やっぱりそうなんですか。「ページをめくる手が止まらない」だって。分かる分かる。
内容をかいつまむと、時は19世紀。琉球王国末期の王朝を描いた物語。向学心に燃える少女が役人になって流刑になって側室になって母になって国が滅ぶ。って端折りすぎ!!まぁ、どこから説明し始めたら良いのか分からないくらい要素が詰まっているわけで、欧米列強との知恵比べやら女たちの意地悪合戦やら友情やら恋愛やら、どの切り口からでも読みごたえがあるから手に負えない。それに脇役が魅力的で感情移入してしまう。遊女に堕とされた王族、変態宦官、お上品爆弾を投下する側室、策謀に長けた女官見習い。きっつぅー、と思いつつも次の展開に息をのむ。
その中で僕は「国家とはなにか」を考えさせられた。これを読むまで琉球が沖縄県になった程度の認識しかなく、はるか遠くの歴史だと思っていた。それが同じ日本にあって国家を解体させられた地域もあるんだなと。しかも近代に。考えてみれば東北だって1200年前、アテルイ率いる蝦夷軍が坂上田村麻呂に滅ぼされたわけで、国家形態ではなかったにせよ支配された歴史をもつ。近世近代でいえば奥州仕置も奥羽越列藩同盟の瓦解も味わった。争いがあっても、国が滅ぼされても大地は残り、人は生き続ける。国家はその枠組みでしかない。そんな風に思った。
KENJI
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