624 posts categorized "KENJI"

2007-10-22

英語手帳 今年も発売

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 奥原しんこ画伯装丁&イラストの英語手帳、今年も出ました。去年、発売と同時に完売したので、早めに手に入れた方がよさそうです。

 もうダイアリーを買い換える季節になったんですね。早いなあ。

KENJI

2007-10-18

ケンプトン窯探訪

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 先週末、ウィリーさんの窯焚きに参加した。ニューヨークから78号線を真西に250km、なだらかな丘が続くアパラチア山脈の麓にウィリーさんの窯がある。自ら登り窯を建造し、土をこね、薪をわる。釉薬も自家製が多い。すべての工程をひとりでやり遂げる陶芸家は最近あまりいないらしい。「僕はお金がないから、近くにあるものを使うか、自分で作るんです。」とウィリーさんは言うけれど、いやいや、そこまでの情熱ある陶芸家はなかなかいないっすよ。

 窯は水曜日から徐々に焚きはじめて、土曜午前から1時間で華氏100度(摂氏55.5℃)ずつ温度を上げていく。摂氏1300度近くになると、薪を入れても入れてもすぐ燃えてしまう。火の神様を見た思いがするほどだ。こんな高温度になれば 1200度も1300度も同じに思ってしまうが、焼き物はそうではない。わずかな温度差が釉薬の色を決める。1300度だと釉薬が流れ出してしまうし、1250度だと色が出ない。1260度から1280度のわずかな温度を薪で調整する。窯の左右では常連の助っ人が真剣に、ウィリーさんの指示で2本3本とくべていく。上の写真はピークを過ぎた日曜午前の3番窯。

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 窯の全景。斜面に沿って四部屋ある。しめ縄は一昨年末、七十七銀行気仙沼支店前の歳末市で売っていたものを贈った。なんか不格好だけど、いいか。御神酒には赤ワインが盛られている。

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 窯を外から見るとこんな感じ。両側面に積まれた薪が一晩でなくなった。

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 日曜午後1時、窯焚きが終わるとみんなでバーベキュー。今度来るときは気仙沼ホルモン持ってこようかな。って検疫でダメだろうな〜。

KENJI

2007-10-17

ものよりも原体験

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 ニューヨークへ着いてまず、もうすぐ5歳になるウィリーさんの娘へのおみやげを物色するためにおもちゃ屋へ寄った。2年前、ささいなおもちゃをプレゼントしたらえらい喜びようで、肌身離さず持っていた。それが嬉しくて今回もまたトイザらスへ。wiiやPSP、レゴブロックにバービー人形、子供じゃなくても楽しい。これまで何回も行ったけれど、なぜか泣き叫んだり、石のように固まる子供がいない。駄々をこねないのだろうか。今の子供はそうなのだろうか。これはアメリカだけなのだろうか。疑問が次々に浮かぶ。僕が幼かった頃、丸光デパートでは親子の意地の張り合いの末、しゃっくりが止まらないほど泣き叫ぶ子供をよく見かけたけれど。

 そんなこんな考えているうちに、自分がもらったクリスマスプレゼントを思い出した。年長時にジャイアンツの自転車、小1の時は地球儀だった。どちらも望んでいないものだ。自転車には和泉サイクルのシールが、地球儀はたしか緑屋のシールが貼られていた。どちらも近所にあった。しかもキヨエおっぴいにお礼を言えと強要された。なぜこんなおっぱいの垂れたしわくちゃ婆さんがサンタなのかよく判らなかったし、言われたおっぴいも何のことだかよく判っていない。サンタは夢の世界でなく、現実にあることを悟らされてしまった。いま思うとプレゼントに喜ばない子供なんだもの、与える立場になって自分がいかに可愛げのない子供だったか少し後悔している。

 ウィリーさんの娘は思惑通り「はっ!!」と引きつけを起こしたような声をだした。アルファベット入りのビーズ細工。ほんとささいなものなのだけれど。アルファベットは読めるけどスペルが書けない彼女は、ピンク色のビーズだけ集めてネックレスを作っていた。

 ものを与えた喜びではなく、そういう原体験を与えることができて嬉しいのだと気づいた。

KENJI

2007-10-16

五風十雨、晴耕雨読

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 ペロションさんの工房の棚には各地へ出荷される器が仕分けされていた。その中に世界的デザイナーの名前があって、ギャラリー名なのか個人名なのか聞いた。
「これは個人での注文よ。彼はニューヨーク高島屋で私の作品を見つけてくれて、以来たくさん買ってくださるの。」
 僕も同じ器をもっているので、なんかうれしい。

 結局、動物とたわむれ、器をながめ、飯を食い、寝る。トスカーナで暮らすような感覚で過ごしたら、睡眠と食事で1日の半分以上使ってしまうんだもの、観光なんかしていられない。けれど、それはそれで楽しかった。

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 親子かな、この馬は。

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 膝に猫が頻繁に乗ってくると思ったら、目黒のさんま祭りではいたチノパンだった。

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 ボールを激しく奪い合うバリーナ(左)とライカ(右)。このバリーナがもっとも僕になついた。

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 叩き起こされて眠そうなバリーナ。

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 あくびするバリーナ。

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 ミーシャとバリーナとで山道を散歩。

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 朝焼けをゆっくり眺めたのは何年ぶりだろう。

 観光は次回ということで、ペロションさん宅をあとにした。

KENJI

2007-10-12

街は人の香りがする

Arezzo

 娘のプリーヌが歯医者へ出かけると言うのでついていった。車で30分、アレッツォに着く。治療の間、プリーヌのボーイフレンドにガイドしてもらった。アレッツォの起源はエトルリア時代に発し、中世には自治都市として栄え、フィレンツェやシエナに次ぐルネッサンス文化の中心地だった。半日でぜんぶ回れる広さにルネッサンス時代の絵画や建築があちこちに点在している。車一台がやっと通れる石畳の路地ばかり。ドアノブを叩きながら婆さんが何か叫んでいた。そしたら3階の窓から別の婆さんが顔だして手招きしていた。ああ、ここでも茶飲み話があって「いだのすか」「あがらい」とでも言っているのだろう。

 そう思ったらドアノブに親近感が沸いて、おのおののドアノブと紋章ばかり撮っていた。それで気づいたのは左のドアノブはほとんど触られていないこと。そりゃそうだ、右が開くのだから。それに貧富の差があること。お金持ちの家は豪華な飾りが、貧しそうな家にはないかあっても牛の鼻輪みたいなものだった。大金持ちそうな家にはドアノブはない。たぶん叩いても聞こえないからだと思う。模様にも個性がある。たぶんライオンだろうが、般若の形相をしたドアノブが多く、百合や縄をモチーフにしたのもあった。魔除けの意味でもあるのだろうか。

 そんなこんなで二時間弱、プリーヌが治療から戻ってきた。二人は長い間離ればなれのカップルかの如く抱き合ってキスしていた。僕は目のやり場に困って、ドアノブを撮るふりをして離れた。

KENJI 

河原田ライブカメラ

BBっといー東北