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ニューヨーク経由でプエルトリコへ出張するブルムン店長と合流した。幼なじみの同級生とマンハッタンで快飲できるなんて嬉しくて、到着したてなのにあちこち振り回してしまった。もっとも夕方着いたので名所めぐりでなく、はしご酒ツアーを敢行した。
というわけで、マンダリンオリエンタルホテルのバーで一杯ひっかけた後、みそラーメンをすする。日本人クラブでブルムン店長と「おいらの船は300とん」を放歌し、韓国料理店でソーロンタンを平らげてお開き。時計は4時をまわっていた。
時差ボケできつかっただろうに、ニューヨークくんだりまで来て日本と変わらない行動に付き合わせてしまう。ところでブルムン店長は女性である。なのに女性にもてる。女性相手の商売をしているからなのか、もともとの素質なのか、開けっぴろげな性格が人を惹きつけるようだ。ホステスから「姐さん」と呼ばれ、一緒に行った仕事仲間のジェフまで姐さんと呼んでいた。
ブルムン店長、恐るべし。
気仙沼だろうがニューヨークだろうが、人を惹きつける磁力は万国共通のようだ。
KENJI
fumihideのオムツ替えをしたとか、そんなシーンを見たという人はこれで何人目でしょうか。
昭和23年頃ですから、今から57年前になります。当時、浜見山に住んでいた方が青森から訪ねて来て下さいました。我が家が郵便局長官舎だった話はキヨエぴーちゃんらから聞いていましたので納得しましたが、まさかその時小学生だった方が気仙沼を想い出していらっしゃるなんて感激してしまいました。
浜見山を散策中、hirosi君の事務所に道を尋ねて来られたそうです。父が存命中だったらどんなにか懐かしがったかと思うと残念ですが、仕方ないですね。
想い出の地をゆっくり堪能していってくださいね。
当時と変わらないけもの道や建物にびっくりしてたりして、、、。
seiko
当店など、被災した内湾地区の国登録文化財は次の団体・企業のご支援で応急修理が進められています。世界各地からのご支援に深く感謝申し上げます。
文化財保護・芸術研究助成財団
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気仙沼風待ち通信 2013年2月号(PDF) |
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