岩手県南部で震度6強
蔵のごみ掃除で帰省していたところ、地震に遭いました。1分半くらい横揺れが続いたでしょうか、気仙沼は震度4だったそうです。電話がつながりにくくなっているようですが、魚町はいつもの日常に戻っています。ご心配いただきありがとうございます。
KENJI
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蔵のごみ掃除で帰省していたところ、地震に遭いました。1分半くらい横揺れが続いたでしょうか、気仙沼は震度4だったそうです。電話がつながりにくくなっているようですが、魚町はいつもの日常に戻っています。ご心配いただきありがとうございます。
KENJI
本物の画像はお見せできませんので、ハマナスで。
ここしばらくの間、何処からともなく漂ってくる臭いに皆が辟易していました。毒ガスの原因は隣との側溝でないかと一生懸命ドブさらいをしましたが、収まる気配がありません。それが改築工事のおかげ様々でやっと核心につきあたってホッと一息です。
まずは、野良ネコにゃ~ん達様へ。
「おらいの床下を共同トイレに使ったな~!何年分の置き土産なんだよ~。」
と、大工さん達と悪口言っています(笑)。床下の一部3.5㎡ほどに、ずら~っと盛りつけられていました。その量、30キロの米袋で二袋分。もう、勘弁して〜(笑)。
さぁ、この工事は次から次へと難題続出、みなと祭りまでに終わるでしょうか?
seiko
少しずつ改築工事が進んでいますが、相変わらず煤ホコリとの戦いです。
写真の場所はどこか?
「開かずの間」というより、開けた記憶もありません。土蔵脇の廊下、2階部分です。嫁いで初めて上陸しました(笑)。と書くと大豪邸に思われるかもしれませんが、40坪ほどです(笑)。
しばらくして覗いたら、誰かさんが大工見習いをしているではありませんか。そう、米屋のおじさんことfumihideです。つなぎ、マスク、タオル、、、できる限りの重装備をほどこして78年分の煤払いをしていました。似合いすぎてると思いませんか?
それを写しているわたしは、皮膚がホコリや煤に反応したのか、アレルギー症状でブツブツかゆいかゆいで通院中。そんなヤワじゃないはずなのに、、、(笑)
皮膚疾患に悪い食べ物って大好物ばっかり、、、悩んでいます。
seiko
昨晩のあがらいでバーで話してくださった高濱さんは、特殊炭素製品で世界一の取扱高をもつ専門商社の社長だ。大手商社に就職して石油ひとすじ、その後分社化した子会社の社長として業績を伸ばし続けている。あめ玉からミサイルまで取り扱う商社のビジネスの進め方、新人時代や海外赴任時代のエピソード、話の端々からいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたのが伝わってきた。中にはマフィアにピストルを突きつけられた同僚もいるという。そういった話の中で、この一言がとても印象的だった。
「僕はこの餅で学校出て、今の仕事に就いています。焼いて食べるとおいしいです」
会場に気仙沼で餅屋を営むご両親から豆餅が届いていた。搗きたてをと、気仙沼から参加したマックス君が新幹線で運んでくれたという。なんて有りがたいのだろう。心意気を示してくれる人たちに囲まれた有りがたさ。それに「この餅で」と話す姿にご両親とふるさとへの感謝を感じた。こういうことは心から思っていないと言えないと思う。頭では分かっていても「この米で学校出ました」と僕は言えないもの。
帰り道、そんなこんなを振り返りながら「親の心子知らず」がふと浮かんできた。調べたら「子の心親知らず」という諺があることも知った。結局どっちもどっちなわけで、高濱さんの餅を食べながら、心を知るかどうかは人によるものだと思った。
KENJI
当店など、被災した内湾地区の国登録文化財は次の団体・企業のご支援で応急修理が進められています。世界各地からのご支援に深く感謝申し上げます。
文化財保護・芸術研究助成財団
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